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 正倉院文書には、奈良時代の漆の産地として陸奥、上野があり、また出雲では島根、秋鹿、楯縫、神門の四郡が産地であることが出雲風土記に記されている。

にの歴文(にのネット)

2018.02.17

 正倉院文書には、奈良時代の漆の産地として陸奥、上野があり、また出雲では島根、秋鹿、楯縫、神門の四郡が産地であることが出雲風土記に記されている。
 平安期の延喜式には、上総、上野、越前、能登、越中、越後、丹波、丹後、但馬、因幡、備中、備後、筑前、筑後、豊後の十五カ国が挙げられている。

 寛永年間の「毛吹草」によれば、大和、上野、下野、周防、陸奥、出羽、越後、備中の八カ国が自国の特産品としている。

 また、宝永五年の大和本草目録、正徳三年の和漢三才図会、享保十二年の諸国名物往来などでも、全国各地で相当量の漆が産出されていることが判る。

 その後の文献では、明治四十年に刊行された「実験応用通俗産業叢書」には、江戸時代末期の産地と思われる地域が掲げられている。
  東北地方 陸奥南津軽 陸奥二戸 羽後山本 羽前南村山 岩代会津
  関東地方 常陸那珂 下野那須 上野南甘楽 武蔵秩父 相模足柄 甲斐南巨摩
  北陸地方 越後岩舟 信濃下伊那 越中砺波 加賀石川 能登鳳至 越前今立
  中部地方 三河南設楽 美濃郡上 飛騨吉城
  関西地方 紀伊那賀 丹波 因幡智頭 備中川上 吉野
  四国地方 阿波美馬 安芸高田 伊予宇摩
  九州地方 日向北諸県 薩摩鹿児島

 以上のように漆の産地が掲げられているが、その他の地方でも各地で生産が行われた。藩政時代からの保護政策の遺産とも言える。

 明治五年の「うるしのこしらへ」によると、越前、大和吉野、岩代会津、羽前米沢、最上、山形、陸中南部、陸奥福岡などが名産地で、特に越前は古来より漆採取の生業にくわしく、近年まで各地で掻き手は越前から招いたと書かれている。

 明治十六年に刊行された「大阪商業習慣録」によれば、「漆の産地は三奥を最上最多とし、越後が之に亜ぎ、越前又之に続く。且つ関東にては野州、常州を最多とせり。元来、今を距たる百年以前は越前の産は殊に多く、今も越前の人諸州の山々に入り、之を製造して四方に販売するもの多し」と書かれている。三奥とは奥羽、出羽のことである。

 漆の産地分布をみると、平安時代頃は関西、九州地方に多かったが、次第に北上して、十七世紀ころから関東、東北地方に拡がり、明治以降は東北地方、北陸地方に主産地が移行した。大正時代の主産地といえば、青森、岩手、山形、栃木、茨城、新潟、石川などとなる.

 昭和に入ってからは、政府が生産を奨励したこともあり、東北地方では秋田、宮城が加わり、北陸では福井、中国地方では岡山、鳥取名ぢが主要産地となる。

 昭和二十二年の生産量は五千二百二十六貫であり、 岩手、青森で二千六百貫となっている。

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