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  赤坂田は塗師のむらでもあるが、木地師のむらでもある。

にの歴文(にのネット)

2018.01.26

  赤坂田は塗師のむらでもあるが、木地師のむらでもある。このあたりでは木地師のことを「カタウチ」といっている。大正の頃このむらで五十人くらいの人がカタウチをやっていた。足の不自由な人が、他郡から弟子入りしていたところもあった。

木地の原木は奥羽山脈の国有林で、主にブナとかトチ、それにホオなどであった。この地方は、一晩に二メートルもの雪が降る豪雪地帯である。旧の正月がすむと、むらの人々は山に入って、適当な場所を選んで小屋をかけて、ここで五十日間ぐらい原木を伐採する。やがて雪解けとなり、安比川の水量が増すようになると、この水を利用して伐採した原木を流し、赤坂田で引き上げ、そこから自分の家までソリで運搬する。馬車で運搬するようになったのは昭和十七、八年ころからである。こうして自宅まで運びで、乾燥をふせぐため、落ち葉とかカヤで覆っておく。

隣接している門崎のむらでは、五部落の共有林でトチ、ブナ、ホオ、ハンノキなどを自由に伐採することができた。直径二尺以上のものになると、鋸で伐るのが厄介なので、それ以下のものを選んで伐採した。このむらの人達は山の掘っ立て小屋でカタウチすることが多かった。なかには宅地の近くにブナとか、ハンノキを植えて、それ利用するところもあった。

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